島貴之インタビュー 「第七天国」 −『光の子』−



金子:『光の子』をつくろうって話になった時点で、やるなら円形だねっていう話が一番最初に出て、円形っていうことに最後までこだわりましたね。

島:脱毛症になるくらいにね。

金子:なってない!あはは。なってない、全然!円形にこだわり続けて、場所を探して・・・円形が出来る場所って本当に少ないですよね。

島:うん、少ないね。

金子:円形がやりたくてやりたくてその場所を一生懸命探して、やっと見つけた場所でしたね。

島:俺は今でも、演劇の理想の形のひとつだと思うな。円形は。

金子:円形でやりたいなっていう理想があったんですけど、それは私が何かをつくるっていうことのスタート地点は女優なので、女優として一番集中出来るのは円形なんじゃないかって思ったんです。

島:うん。

金子:それは私が、女優として、額縁舞台に立った時のテクニックを持っていないということがまずあったんです。舞台をつくる前に映画の撮影を経験していて、その時にもおそらくそういうテクニックって必要だったんだと思います。カメラの場所などを常に意識していないといけないっていうことだったり。だけど私はそういうテクニックや知識を持っていない。けれど、私はそういうことを何も知らない無知な状態で望めたんです。

島:うん。

金子:それが逆にすごく幸せで、ただ必死に、何も考えずにやれたんです。そしてそれを受け入れてくれる共演者の方々やスタッフの方々だったので、とても集中できる環境でいられたんですね。

島:僕の恩師も同じことを言っていて、気にせずにやれと。俺がカメラ何台かでお前を拾ってやるから、大声すら出さなくていいっていう人だったけど。

金子:素敵ですね。

島:結局、良い芝居とうまい芝居って多分違うんだよね。で、僕はうまい芝居はしなくていいから、良い芝居をしたらいいんではないかと思っている。円形でやるっていうのは、裸の自分を見せるって意味合いがあったんだけど。それは役者にとって優しい考え方というか、優しい方法なんじゃないかって思うな。

金子:余計なことを考えないで、その場にいるってことが出来る。(額縁舞台の場合)色々考えちゃうんですよね。

島:うん。(額縁舞台の場合)ハの字に立ってなきゃ見にくいとか、体は開いてなきゃとか色々あるんだけど。

金子:わかんないんですもん。わかんないからそういうところに捉われちゃうと私はもう身動きが取れなくなってしまうので・・・。

島:それは確かにね、そういうものが体に叩き込まれている役者とそうでない役者っていうのは一目瞭然でわかるんだけど、だからと言ってそれ自体は実は何でもないんだな。そういうものを会得している役者は、それだけ演技についての訓練をしているし、努力もしているはずなので、なんとなく生きてきた人よりはその他の要素においても優れていると言う状況はあるけどね。でも、それがクリアーされている舞台っていうのは、既にいろんな人が作っていて、自分たちがゼロから何か始める時はそうじゃなくていいんじゃないかってことを思っていたよね。あれも一応やりました、これも一応・・・みたいな物作りはつまんないし、誰かの作品のパロディーを作ってるみたいな気分はやだな。

金子:そう。自分たちがつくるってことに意味があったので。誰かの真似をするってことじゃなくて、自分たちがやりたい環境でやるっていうことを求めているので、円形っていうのはそのひとつでしたね。

島:それはあの芝居にすごく合ってたと思うしね。

金子:円形でやる場所がないってことはお客様たちも円形で観る場所がないってことですもんね。

島:うん、そうだね。

金子:私なんかそれだけでわーってなっちゃう。

島:円形でやるってこととか、それが自分たちの願望であったってことは、ajiを立ち上げた自分たちの姿勢とかぶるところがあるよね。自分たちはこういうものをやりたいんですっていう。たいしたスキルはないかもしれないけれど、裸の我々が懸命にやっているので、そこに立っているので、見てやってくださいっていうか。

金子:前回島さんが言っていた私たちがそれぞれ生きてきてっていうことと繋がるのかなって思うんです。私が、常々思っているのは、私っていう個人は無力なんですけど、無力の私もここでやってるんだ!っていうことを伝えたいところがあって・・・だって私なんかはやる必要なんかないと思う。本当の本当のことを言うと。

島:みんなそうだよね。

金子:だってもう世の中にはありとあらゆるものが溢れていて、そこで私が何かをやる必要は本当の本当はない、けど、私はやろうとしているんだ。それは傍から見たらすごく滑稽な姿かもしれないけど、それでもその姿を人前で見せるってことに何か意味があるんじゃないかって思うんです。私は器用ではないので、「はい役に入って!」「はい役を抜けて!」みたいに切り替えることはできなくて、ずっと私は私で、必死に一生懸命やってるってだけなんですけど、私はそういうことをajiではやりたいなって思ってるんです。

島:ある意味、欠陥が必要なんだな。俺独特の表現で言うとノイズが。欠点も見せてしまうっていうことが。円形舞台でいうと、背中しか見えない人が必要なの。自分がつくっている作品には、常に社会性のようなものを滲ませているはずなんだけど・・(笑)主宰だからね。あの時は、物事は片面から見ているだけじゃいけないんじゃないかっていう思いが強かった。それはあるアメリカで起きた事件(※)が、僕のモチベーションにあったからなんだけどね。
(※2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件)

金子:そういう意味でajiは円形がスタートだったというのはその時、その瞬間はそこまで明確にわかってたかっていうと、島さんはわかっていたんでしょうが、私はそこまでわかっていなかった。でもだんだんあの時、円形を求めていたってことはこういうことだったんだなって最近になってわかってきた。

島:それに仮に円形じゃない舞台を作った時に、その(円形舞台での)経験から逆の良さがわかるからね。欠点がわかるっていうより、そうじゃない場合の良さが必ずあるわけで、そういうことをひとつひとつ劇作の中、発見できると幸せだよね。

金子:幸せ。いろいろ充実している環境でやっているわけじゃなくて、自分たちに出来ることをやっていこう、やれないことはやらないでおこうっていう島さんの意思の元にやっていて、そうすると本当に見つかることがいっぱいある。

島:そうだね。東京に住んでて思うのは、ここはきっとなんでもある街なんだと。でも何かを発見するってことがどれだけ自分の周りにあるのかっていうと・・・本当はどこにだってあるんだけど、気付くには、能力やきっかけが必要なんだ。それを皆でシェアしあっていくというのが俺の理想なんだ。だからとっても幸せなんだね。創り始めるということは。

金子:本当に。だからその根幹にある『光の子』っていうものは私の中ではとても大きなものです。

島:その名のとおり祝福されるべき、すごい作品だったと思います。

金子:単純に演劇的なことでいうと、素晴らしい歌・音楽的な表現をしてくれた人がいて、体を使って表現してくれた人がいて、剣を使って表現してくれた人がいて、お芝居で表現してくれた人がいて、それだけをとってもすごい舞台だった!他で私はあんなものを見たことはない!それは私が演劇経験が少ないからかもしれないですけど。

島:いや、ない。

金子:あんなお芝居を見たことはない。そんなものをつくれたことも幸せだなって思いますね。

島:うん。俺個人でいうと反省すべき点はいっぱいあるんだけれど、あの舞台で挑戦したものは大きくて、最終的に出来たものもかなり力強いものだったと思っている。

金子:あの作品を書こうと思ったきっかけはいくつかあって、ずっと十代の頃も二十代前半の頃も、なんか自分が言いたい事があって、伝えたい事があって、一生懸命話すんだけど、話した瞬間に何かが流れていってしまう感じがして、話したいこと・・・その真意みたいなものがどうしても届かない。で、届かないなって思って、最初はそれでも伝えようとしていたんだと思うんだけど、だんだんもう真意は伝わらないものなんだって諦めるようになってきたんです。二十代前半の頃に。その頃に島さんと会ったんですよね。それまでそういうことを人に話したことがなかったんです。そういうこと話すと人は私がネガティブだからとか、悲観的だからとか、否定的だから、重い、面倒くさいっていう見方をして終わるってことを私は知っていたので、その場凌ぎでもいいから楽しい話をしようとしてたんですけど、島さんに会って初めて、人に話しても真意が伝わらないってことを話したんです。

島:うん、覚えてないや。

金子:私は覚えてます。どういう経緯だったかとかは覚えてないですけどね。あはは。初めてこの人に話してみようって気がしたんです。で、「何か伝えたくて話してるのに、どうしても真意が伝わらないから諦めながら話してるんですよ。」って言ったら、島さんが「会話に頼らない関係もあるよ。」って言ってくれたんです。その時に、あぁ!そうか!ってすごい思ったんです。

島:言葉以外でもコミュニケーションは成立するってことだね。

金子:私はどうしても人と人とがコミュニケーションをとるのは、言葉があって出来ることだって思い込んでた節があって、だから伝わらない伝わらないって思ってたんです。でもそう言ってもらえて、「あぁ!確かにそういうものはあるよな!」って思ったんです。それを教えてもらって、それを発見できたこと、わかったことが私にはすごい喜びだったんです。すごく嬉しかった。それが根幹にあったんですよね。で、『光の子』でそういうことを描こうと思った。言葉じゃないところで通じ合えるんじゃないかって人っていうのは、っていうことをどうしても描きたかったんです。それだけ私はずっと悩んでいたので、同じように悩んでいる人がいたら、その人と繋がれるかもしれないし、それを伝える手段として演劇ってとってもいいんじゃないかって思ったんです。私は何かを書く技術があるわけじゃないし、小さい頃にコンクールに入選したこともないし、いい点を取っていたわけじゃない。でも、書こう!と思った。

島:うん、発見と共有だね。

金子:あの中には3つパターンを出して、私みたいに伝わらない伝わらないって苦しんでる人がいて、そこに向かう青年を描いて、で2つ目は言葉はどうしても伝わってない。だけどそれでも2人の間に生まれるものがあって、繋がり合えるものがあるということを描いて、最後はもう言葉なんて必要ない、全部が本当に繋がり合えてる人たち、お互いに思いやれる人たちを描いた。希望みたいなことを描きたかったんです。伝わらないけど、伝わるものもあるんだよっていうことを描いたんです。それが見ている人に伝わったかはわからないけど。

島:作品において、伝えたいことがあるってことと、それが実際に伝わったかどうかっていうのは別のことだからね。

金子:あれをやって自分は本当によかったなって思います。

島:よかったね。

金子:私は小さい頃から見た目が恐いとかっていうこととか、そういうことだけで判断され続けてきていたし、だからその私が何を言ってももう通じない事の方が多かったんですね。それでもう判断されて決め付けられてるから。そういうことでずっと悩んでたし、どうしたらいいんだろうってなっている時に、島さんに希望を教えてもらえたんですよね。

島:ある曲を聴くとさ、本来はリズムとメロディとハーモニーがあるっていうものだけど。でも、俺の耳に聴こえてくるのは、歌詞でも言葉でもないし、声でもギターの音でもベースラインでもない。誰かが伝えようとする「何か」なんだよね、常に。演劇もそうであると思う。だから俺の作品はちょっと難解だって言われることもあるけど、絶対に伝えようとしているものはあるんだよね。難解だって言われてる部分が難解であるなら、それはそれを伝えようしてないからなんだ。他のことをやろうとしてるんだよ。何かを表すために必要な、時間と情報の量があるというだけで。それはいつも思っている。だから『光の子』って作品を思い出すと、やっぱり最後に三桃さんが全員のことを光の子って歌ってくれたあれに尽きるんだよね。ひとりひとりが光の子なんだ。そういう作品だったと俺は思います。みんながいろいろなものを抱え・・・でもあれに尽きる。

金子:そうですね。あとは、なんか自分が見たいものを純粋に書けた。

島:そうだね。

金子:こういうのが見たい!こういうのが知りたい!

島:こういう言葉が聴きたい。

金子:この瞬間の人の顔が見たい。こういう場面にいたら人はどうなるのかが見たい。そういうことだけを考えて書いたお芝居ですね。だから書いてる時もやってる時も楽しかったですね。

島:俺としてはあの作品で俳優・カトウシンスケに出会えたってことは大きな喜びだったな。

金子:私も喜びだった。書いてる時に、「あぁ!しんくんしかいない!」って思えてよかったし、しんくんという人がいてくれてよかったと思いました。

島:彼はある時ベストになれる男だからね。

金子:ベスト?

島:one and only。これはカトウシンスケだ!ってことになれる男ってこと。

金子:チラシの写真なんて超かっこいいもんね!

島:あれね。あれオモテにしたかったんでしょ?

金子:私はね。それだけ惚れこんでたから。

島:俺はパンがよかった。スマン!あはは。

金子:あはは。でもあのチラシは本当にかっこいい!

島:そうだね。あれはかっこいいね。

金子:かっこいい。

島:だからちょっと生意気だったんだよ、つくろうとしたものが。全体的に。

金子:だって理想だもん。

島:俺の作業で言うと、新人が壮大なテーマを抱えたら、まぁ、ああなってしまうだろうなって感じにはなったけど、演劇をつくっていくプロセスもかなりドラマティックで、今はまだ、相対視するのが難しいんだけど、とにかく稽古から本番までの期間、質量の重い時間を過ごしたなという気がする。で、それこそがやりたかったことだなって今でも胸を張って言えるね。

金子:だからやっぱりあれはajiの第一回目公演としてとても素晴らしい公演だったと思える。

島:うん。

金子:私、自分の生きてきた人生のこと考えると、恥ずかしいことの方が多くて、恥ずかしい!ってなるんだけど、ajiに関してはそういうのはない。全部、これはよかったーって思う。その瞬間は落ち込んでることもあるけど、全部よかった!かっこいい!って気持ちでいられる。誇らしい気持ち。

島:俺の中には過去に作ったものが常にあって、それらと供に生きているんだ。良くも悪くもね。

島貴之インタビュー 「第七天国」 −『光の子』−

こんにちは。
金子久美です。
前回に引き続きaji主宰・島に色々お話をしていただきました。
今回はaji第一回公演『光の子』についてです。
その前に簡単にご紹介します。



2006年8月
光の子
@中目黒GTプラザホール
脚本:金子久美
演出:島貴之
振付:加藤一郎

ー失うのではない、変化するのだー

耳鳴りのするような静寂の中
父と子はつましい夕餉を前に感謝の祈りを捧げる
秒針が鳴り響く部屋で
兄と妹はこの時をかばうように祈りを捧げる
麦の秋風渡りきて
漂泊の群れが辿り着いた

story:
あるキリスト教を信仰する小さな町。
ひとりの青年は父と2人つつましく生活をしています。
1日2度の食事はパンとスープだけ。
青年の母は彼が幼い頃に他界していました。

彼が本当の兄のように慕うマサオ、そしてその妹タミコ。
タミコは若年性肺気腫のため、外に出ることもままなりません。
兄弟はお互いを守るように質素に暮らしています。

町には小さな喫茶店が一軒あります。
その店主は砂子。マサオの仕事(おしぼり業者)の取引先でもあります。
そこに一人の男性が訪れます。
何のためにここに来たのかわからない彼の名はジュンペイ。

ある初夏の日、町には漂泊の民セブリがやってきます。
彼らは独自の言語を持ち、お互いをいたわり合いながら生きています。
生活の資金は彼らのリーダーである男が剣舞で稼いでいます。
彼らはとても自由で、歌で伝えるもの、体で伝えるもの、言葉で伝えるもの、様々なコミュニケーションの方法を持っていて、誰を否定することなくみな互いを理解しています。
その中にひとり、まわりと溶け込むことない女性が1人。
彼女は大きな黒いマントを纏い、1人町を歩きます。

青年は、タミコに求婚をします。
彼は自分が彼女を救う人間だと疑わず、その方法として結婚を選びます。
町に来た時から青年を慕っていたタミコは喜びますが、承諾しません。
自分の病気の重さやそれに関わる人への負担の大きさも知っているからです。
それでも、自分がタミコといたいと思う一心で青年は彼女に求婚を続けます。タミコは小さく頷きます。そんな青年に深く頭を下げるマサオ。
喜びでいっぱいの青年は教会へ向かいます。
そしてその帰り、彼の周りには黒い影が付きまとい始めます。

砂子の喫茶店にジュンペイが訪れます。
じっと砂子を見つめるジュンペイ。
砂子は彼が何かを探してここに訪れたことを直感で感じます。
直接的な言葉を交わすことなく、ジュンペイは何度もこの喫茶店を訪れます。

セブリたちは自分たちの生活や時間を過ごします。
誰に干渉することなく、自分たちのありたいままの姿でそこにいます。

青年は影に怯えます。
しかし、あるときその影と対峙しようと決意します。
そしてつかまえた影はセブリの女でした。

急激に惹かれ合う2人。
女は良家の娘でしたが、自分の過ちから娘の命を失ってしまいました。自らを追い詰め、もう自分と他者との間に通じる言葉を持たないことを知り、苦しんでいました。
青年は全てを放り出し、2人で時を過ごそうとします。
彼女に伝えたい思いを必死に伝え続けます。

青年の心が離れていったことを知ったタミコは徐々に精神を病んでいきます。遂に彼女は兄マサオへの恨みを声に出し、自分は全てを知っていたと伝えます。マサオはタミコが本当の妹ではないこと、自分の満足のためだけに彼女を連れまわしていたことをタミコがわかっていたことを知ります。
タミコの前から姿を消すマサオ、大量の薬を飲んで自ら命を絶つタミコ。

青年が乱れきった服装で女といる時、セブリの男が近づいてきます。
タミコが亡くなったことを知った青年は狂ったようにセブリの群れに向かいます。荒れ狂う青年。セブリの屈強な男が青年を殴り続けます。そして最後に青年は最愛の女の手によって命を落とします。

ジュンペイは自分が愛した男性が大切にしていた本の中に砂子の写真を挟んでいたことを、彼の死をきっかけに知り、どうしようもない嫉妬心と絶望感に襲われ、どうすることも出来なくとも彼女を一目見ようとこの町に来ていました。何も変化したわけではないけれど、全てを受け入れられた彼は自分の住む都会へと帰っていきます。
彼を同じ場所から見送る砂子。

そして物語は終わります。

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次回、インタビューを掲載いたします。
っていうかほとんど私が喋ってたんですけど・・・
ごめんなさい。
でもそれもありじゃない?
っていう島さんの言葉に甘えて・・・

お楽しみにー!

島貴之インタビュー 「第七天国」

こんにちは
金子久美です。
今回、島さんのインタビューがあるということで、インタビューアーに立候補しました。
小学生のころ、無知だった私は「立候補」という言葉を思い出せなくて、「推薦」という言葉だけ思い出し、似た言葉だろうと思って、クラスの前で、「潜水」と言いました。
忘れられない恥ずかしい過去です。
小学生の私、もっと勉強しなさいね。

島さんは今まであまり語ってきませんでした。
稽古の最中もあまり言葉多くありません。
だからajiに関わった人たちはとても楽しんでいただけるんじゃないでしょうか?
そしてajiを知らない方々もこれから公演を見てみたいなと思っていただけるんではないでしょうか?
とても素敵だなと思います。
これから数回に渡って続きますが、どうぞお付き合いくださいませ。



金子:今まで何回かインタビューのお願いをして、了解していただけなかったんですが、今回お答えていただけるとなったのはどうしてですか?

島:自分のためです。

金子:ご自身が納得するためですか?

島:いや、話そうと思っただけです。

金子:今まではなぜ話そうと思われなかったんですか?

島:基本的に言いたいことは作品で語っているので、やれない部分があったにせよ、僕のことはそこで問われるもんだと思ってるから。

金子:それを今、敢えてするのは「自分のため」ですか?

島:そうだね。敢えて言おうかなと。

金子:島さんの演出スタイルは、動きだけでなく感情においても細かいことを指示せず遠い言葉で伝えるという印象を受けますが、直接どう動くかなどを伝えないことにはどういった意図があるんですか?

島:逆に聞きたいのは金子久美から見て、それらはあった方がよかったって思うの?

金子:私個人は、女優金子久美としては、ない方が嬉しい。なくてよかったと思ってます。

島:僕が全然やっていないわけではないけど、金子さんが指摘したような方法をとっていたのは事実で、それはそういう風にしたかったから、やってます。

金子:それはなぜ?

島:僕は演劇っていうものであるとか、演出ってものがどういうものかっていうことがわかっていて始めたわけではなくて、それがわかりたい。いつかわかりたい。その過程として役者という自分とは違う他人と何かつくる時に、僕の思いを押し付けるようなことはあんまりしたくないな。何作かで関わってきた人々それぞれがそれぞれの人生を生きてきていて、それは尊重すべきことだし、逆に言えば立ち入れないものでもある。でも時にびっくりする位おもしろい表現を見せてくれる。それをなるべく抑えてしまうようなことはしたくなかったっていうのがありました。

金子:そういった部分を活かしながら自分の意図するところに引っ張ったり、最後には自分の思い通りの見た目の印象にしているなと他の演劇などを見ていて思うんですが、その点はいかがですか?

島:それはすごくわかるんだけど、その場合、僕個人が思っている形にしたいってことだよね?

金子:はい。

島:ある程度、僕の思い通りに最終的にはしてるんだけど、僕がやりたかったのは、その行き着く先が自由であること、個人であるということです。僕はあらゆる表現は自由を求めてやるものだと思ってますから。

金子:それが演出家・島貴之の一番求めることであると。

島:求めたもの、であったかな。いやむしろ、これまでのいくつかの作品の作風であったとは思う。そのための作業は充分にやったつもりです。自分のところに出ている役者が他のところでやっているのと比べてもらえれば、それは分かると思う。何度も言うけど、演出っていうのはこうするものだっていうことを僕は知らないし、僕なりにもがきながらやってます。わかってる物には興味をもてないしね。

金子:そういった演出方法をとることで、出演する方々が困惑して、どうしていいかわからないという風になったのが一番如実だったのは「光の子」だったのかなと思うんです。

島:(笑いながら深く頷く)

金子:それが数を重ねて、「絶海」の時なんかはみんなやっぱり困惑するんだけども、そこを乗り越えることが出来たのかなっていう気がしました。それは演出がどうするものか知らないというところからスタートして、そのスタート地点である「光の子」ではそういう結果になったということでしょうか?

島:う〜ん。知らないというか・・・他の演出家のやり方をいくつかは知っているけれど、その方法を真似するのが僕の作業だと思わなかったというだけなんだ。僕が演出家たり得るなら、方法を発明する必要があるし、それは僕なりの演劇への敬意の表し方なんだ。ただね、「光の子」でいうと、悩むんだよね、途中で。まとめようと思えばまとめられる。自分の思い通りに、ある作品の形にすることは無理矢理出来ると思った。ただ、あれはね、「光の子」ってタイトルがすごいんですよ。あれは超A級のタイトルなんです。映画で言うところの何十億円っていうタイトルなんですね。その責任感を僕は感じていて、「救い」ってものがテーマであったし、それは中途半端にまとめちゃいけない。世界っていうのは混乱してるじゃないか。自分たちが初めてつくる作品だったし、その中で僕たちはかなり混乱もしたし、格好悪い作業を続けたんだけど、なんか、僕がその時思っていたのは、全てのスタッフが同じ苦しみではないけれど、同じ地平に立ち、同じものを背負った舞台にしたいなと思ってました。

金子:同じものというのは?

島:僕なんかで言うとこの作品がどこに行くのかわからないっていうハラハラドキドキがある。役者さんもそうあったら、それはおもしろいんじゃないかという…実験というのかな…。箱庭的空間で現実の世界を写し取ろうとしたわけだから。ただし、もっとうまいやり方はあったけれどね。でも簡単にまとめちゃいけなかった。それが一番良くない。どっかで僕は、ものをつくるというか、人の人生を語るというのは不遜な行為だと思っていて、それはそんなに気安くやっちゃあダメなんではないか、と。特に「救い」という主題を掲げているんであれば何言ってんだってことになるからね。誰かが許しても僕は許せないもの、そういう行いを。でもまぁ重ねて言うけど、反省点は多々あって、いかにスタッフ・役者含めて何かひとつに向かっていけるのかなってことをずっと考えてはいて、僕の脚本で言うと「絶海」っていうのは、まずそれを目指したっていう作品でした。…くやしかったっていうのもあるんですけどね。(笑)

金子:くやしい?なぜですか?

島:自分の想いが、自分の力量の無さ、才能の欠如から、なかなか実現しなかったことが。

次回からは第一回公演「光の子」から振り返っていきます。
どうぞお楽しみに!

楽しみなこと

こんにちは〜。クロマニヨンです!
わお!
お久しぶりですねー。お元気ですか?
今年も気付けば4ヶ月が過ぎようとしてますね。
今、ひとつの企画を動かしてます。
って頭の中だけだけど。
ものすごい素晴らしい作品になりそうなので、変に焦らずゆっくり作ろうと考えていますの。
勢いは大切ですけど、流されるようにつくってしまうと、やった感を味わえたり
やってる時は楽しいなって気分になれたりしますが、
そういう曖昧さは好きではないね
ということになりまして、きちんと作品をつくりましょう。
と話し合いましたの。うふふ。

主宰・島貴之、向かってます。
すごいの抱えてます。
私は鳥肌が立ちました。

それで、クロマニヨン、先日、島さんと話し合いました。
そして島さんと対談します。
対談って言えないか、インタビューします。
これまで島さんはあんまり多くを語らなかったんですが、
「きちんと話そうかなと思う。」
と言ってくれたので、クロマニヨンここぞとばかりに鼻息荒くいきます!
なかなか長い記事を載せることになりそうです。
どうぞみなさん読んでみてください。

第一回は4月25日にアップ予定です。
それから毎週お届け出来たらいいなと思っています。
どうぞお付き合いくださいませ。
途中ゲストを交えてお伝え出来たらいいなと考えています。

あは〜。
クロマニヨン忙しくなっちゃう!
↑散々暇だったんだから、少しは働け!と言われてしまいますかしら?うふふ。
どうぞお楽しみに〜!

〈告知〉
2009年4月25日(土)
 島貴之インタビュー 「第七天国」 
               ajiブログにて!
キャー楽しみッ! 



2009年 

明けまして
  おめでとうございます


みなさまいかがお過ごしですか?

ajiの金子久美です。
私は変わらず元気に過ごしております。

昨年は2本の作品を無事、みなさまにお届けできて本当に嬉しかったです。
ご来場いただきました方々、ajiを助けてくださった方々、
本当に本当にありがとうございました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。


昨年お届けした作品を私、金子久美は2009年を迎えて以下のように振り返ります。あくまで私個人の私見ではありますが・・・。


『絶海 〜終わりからはじまる物語〜』

主宰・島が書き下ろした作品でした。

彼は今のところ多くを語りませんし、出演者に対しても多くを要求したりはしません。
今のところ、と敢えて申し上げたのは、これから先、ajiという団体も大きく変化していくであろうからです。彼の口が開いた時が、その変化の始まりなのかもしれません。
私はそれが楽しみで仕方ありません。

話は少しずれましたが、演じ手として関わったこの作品には大きく感動をさせられましたし、今でも普通に生活をしている中で、この作品のセリフがハッと驚くほどずっしりと、自分の中で真実味を持つ瞬間があります。

あのセリフはこういうことだったのか・・・

とか

あの時はそれしか選択出来ないはずだわ・・・

とか。

こんな風に本を読んだり、演じている最中だけでなく、後から後からじわりじわりと沁みてくる言葉をたくさん残してくれた作品でした。

簡単なものを難しく捉えている

と仰る方もいるかもしれません。
でも、きっと簡単に見過ごしてしまう物事に真剣に向き合った時、なぜそんな風に捉えているのかご理解いただけるように思います。

不況だ、不景気だと世の中がとてもよくない状態になっている今、
それでも愛を見つめ続けている人、
考え続けることを選択した人、
というのはとても貴重で、
何かを変えてくれる力を持っているんじゃないかと思うのです。

こんな時に隣人に優しく手を差し伸べることが出来るかどうか、
全てを受け止められるかどうか、
そして希望に向かえるかどうか、
そんなことを突きつけられた作品でありました。



『うん、大丈夫、元気。』

恥ずかしながら、私が女子のみの出演を予定して書きました作品です。
最終的には男子にも1名出演いただきました。

私の中のテーマは”どなたにも分かる作品をつくる!”ということでした。
結果、喜んでくださる方が多く、大変嬉しく思っております。

この作品を書くにあたって大きな葛藤もありました。
執筆する直前に、9.11の映画とその制作ドキュメンタリーを見て、
そこに生きていた人たちの”顔”というのを見ました。
被害にあった方々がどこでどのように暮らしていたのか、どんなご家族がいて、どんな風にご家族や友人に思われていたのか・・・
誰も哀しみから目をそらすことなく、哀しみを見つめて、受け入れて、前に進もうとしている姿が描かれていました。
そしてこの映画のよいところは犯人を絶対的な悪として描くのではなく、彼らも同じ人間であるときちんと描いていた点でした。

この作品を見た直後に、自分は何を書けばいいのか、頭を抱えてしまいました。

そして”嘘のない作品にしよう”とだけ決めて、
なるべく嘘のないように書いたつもりです。
もちろん物語ですから、全てが本当というわけではありません。
根本の部分は本当であるように・・・

先に述べた作品を見た後で、こんなにも自分勝手な作品をつくったのか!と叱られてしまいそうですが、
この作品では個人に目を向けたかった。
すごく個人的な気持ちや行動を描きたかったんです。
コンプレックスと同じで他人から見たら小さな些細なことでも
本人にとっては大きな大きなことで
周りに迷惑をかけて、周りを巻き込んで、それでも自分で何かを選択して
そんな風に、かっこ悪くて、ダサくて、笑っちゃうような展開だろうと、
人は生きていくんだ!
という姿を描きたかったんだと思います。

アイドルという現象もいろんな捉え方があると思いますが、
本来あんなに簡単になれるもんじゃありません。
でも、うおぉぉぉ〜〜〜〜!!!とエネルギー込めて生きていたら
運命だって引き寄せちゃうくらい、やって出来ない事はないんだッ!
という気持ちを込めました。

そして生きている肉体をダンスを通じて皆様にお届けした次第です。


私の書いてきた作品は全部ですが、すごく個人的なことを描いてきました。
でも、これからは個から公へ移行する時なのではないかと思っています。
主宰・島の作品では最初から公があって、個に目を向けていましたが、
ajiの作品全てがそんな方向へ向かっていけたらいいなと私は考えています。

愛のある選択を出来る自分でありたいなと思っております。

長くなりましたね。
ごめんなさい。
こんな風に小さな小さな一歩であっても少しずつ進んでいこうと思っております。

こんな私たちですが、どうぞ温かく見守っていただけたら光栄です。

簡単ではございますが、これを新年のご挨拶に変えさせていただきます。

本年もどうぞよろしくお願い致します。


2009.1
金子 久美