
金子:『光の子』をつくろうって話になった時点で、やるなら円形だねっていう話が一番最初に出て、円形っていうことに最後までこだわりましたね。
島:脱毛症になるくらいにね。
金子:なってない!あはは。なってない、全然!円形にこだわり続けて、場所を探して・・・円形が出来る場所って本当に少ないですよね。
島:うん、少ないね。
金子:円形がやりたくてやりたくてその場所を一生懸命探して、やっと見つけた場所でしたね。
島:俺は今でも、演劇の理想の形のひとつだと思うな。円形は。
金子:円形でやりたいなっていう理想があったんですけど、それは私が何かをつくるっていうことのスタート地点は女優なので、女優として一番集中出来るのは円形なんじゃないかって思ったんです。
島:うん。
金子:それは私が、女優として、額縁舞台に立った時のテクニックを持っていないということがまずあったんです。舞台をつくる前に映画の撮影を経験していて、その時にもおそらくそういうテクニックって必要だったんだと思います。カメラの場所などを常に意識していないといけないっていうことだったり。だけど私はそういうテクニックや知識を持っていない。けれど、私はそういうことを何も知らない無知な状態で望めたんです。
島:うん。
金子:それが逆にすごく幸せで、ただ必死に、何も考えずにやれたんです。そしてそれを受け入れてくれる共演者の方々やスタッフの方々だったので、とても集中できる環境でいられたんですね。
島:僕の恩師も同じことを言っていて、気にせずにやれと。俺がカメラ何台かでお前を拾ってやるから、大声すら出さなくていいっていう人だったけど。
金子:素敵ですね。
島:結局、良い芝居とうまい芝居って多分違うんだよね。で、僕はうまい芝居はしなくていいから、良い芝居をしたらいいんではないかと思っている。円形でやるっていうのは、裸の自分を見せるって意味合いがあったんだけど。それは役者にとって優しい考え方というか、優しい方法なんじゃないかって思うな。
金子:余計なことを考えないで、その場にいるってことが出来る。(額縁舞台の場合)色々考えちゃうんですよね。
島:うん。(額縁舞台の場合)ハの字に立ってなきゃ見にくいとか、体は開いてなきゃとか色々あるんだけど。
金子:わかんないんですもん。わかんないからそういうところに捉われちゃうと私はもう身動きが取れなくなってしまうので・・・。
島:それは確かにね、そういうものが体に叩き込まれている役者とそうでない役者っていうのは一目瞭然でわかるんだけど、だからと言ってそれ自体は実は何でもないんだな。そういうものを会得している役者は、それだけ演技についての訓練をしているし、努力もしているはずなので、なんとなく生きてきた人よりはその他の要素においても優れていると言う状況はあるけどね。でも、それがクリアーされている舞台っていうのは、既にいろんな人が作っていて、自分たちがゼロから何か始める時はそうじゃなくていいんじゃないかってことを思っていたよね。あれも一応やりました、これも一応・・・みたいな物作りはつまんないし、誰かの作品のパロディーを作ってるみたいな気分はやだな。
金子:そう。自分たちがつくるってことに意味があったので。誰かの真似をするってことじゃなくて、自分たちがやりたい環境でやるっていうことを求めているので、円形っていうのはそのひとつでしたね。
島:それはあの芝居にすごく合ってたと思うしね。
金子:円形でやる場所がないってことはお客様たちも円形で観る場所がないってことですもんね。
島:うん、そうだね。
金子:私なんかそれだけでわーってなっちゃう。
島:円形でやるってこととか、それが自分たちの願望であったってことは、ajiを立ち上げた自分たちの姿勢とかぶるところがあるよね。自分たちはこういうものをやりたいんですっていう。たいしたスキルはないかもしれないけれど、裸の我々が懸命にやっているので、そこに立っているので、見てやってくださいっていうか。
金子:前回島さんが言っていた私たちがそれぞれ生きてきてっていうことと繋がるのかなって思うんです。私が、常々思っているのは、私っていう個人は無力なんですけど、無力の私もここでやってるんだ!っていうことを伝えたいところがあって・・・だって私なんかはやる必要なんかないと思う。本当の本当のことを言うと。
島:みんなそうだよね。
金子:だってもう世の中にはありとあらゆるものが溢れていて、そこで私が何かをやる必要は本当の本当はない、けど、私はやろうとしているんだ。それは傍から見たらすごく滑稽な姿かもしれないけど、それでもその姿を人前で見せるってことに何か意味があるんじゃないかって思うんです。私は器用ではないので、「はい役に入って!」「はい役を抜けて!」みたいに切り替えることはできなくて、ずっと私は私で、必死に一生懸命やってるってだけなんですけど、私はそういうことをajiではやりたいなって思ってるんです。
島:ある意味、欠陥が必要なんだな。俺独特の表現で言うとノイズが。欠点も見せてしまうっていうことが。円形舞台でいうと、背中しか見えない人が必要なの。自分がつくっている作品には、常に社会性のようなものを滲ませているはずなんだけど・・(笑)主宰だからね。あの時は、物事は片面から見ているだけじゃいけないんじゃないかっていう思いが強かった。それはあるアメリカで起きた事件(※)が、僕のモチベーションにあったからなんだけどね。
(※2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件)
金子:そういう意味でajiは円形がスタートだったというのはその時、その瞬間はそこまで明確にわかってたかっていうと、島さんはわかっていたんでしょうが、私はそこまでわかっていなかった。でもだんだんあの時、円形を求めていたってことはこういうことだったんだなって最近になってわかってきた。
島:それに仮に円形じゃない舞台を作った時に、その(円形舞台での)経験から逆の良さがわかるからね。欠点がわかるっていうより、そうじゃない場合の良さが必ずあるわけで、そういうことをひとつひとつ劇作の中、発見できると幸せだよね。
金子:幸せ。いろいろ充実している環境でやっているわけじゃなくて、自分たちに出来ることをやっていこう、やれないことはやらないでおこうっていう島さんの意思の元にやっていて、そうすると本当に見つかることがいっぱいある。
島:そうだね。東京に住んでて思うのは、ここはきっとなんでもある街なんだと。でも何かを発見するってことがどれだけ自分の周りにあるのかっていうと・・・本当はどこにだってあるんだけど、気付くには、能力やきっかけが必要なんだ。それを皆でシェアしあっていくというのが俺の理想なんだ。だからとっても幸せなんだね。創り始めるということは。
金子:本当に。だからその根幹にある『光の子』っていうものは私の中ではとても大きなものです。
島:その名のとおり祝福されるべき、すごい作品だったと思います。
金子:単純に演劇的なことでいうと、素晴らしい歌・音楽的な表現をしてくれた人がいて、体を使って表現してくれた人がいて、剣を使って表現してくれた人がいて、お芝居で表現してくれた人がいて、それだけをとってもすごい舞台だった!他で私はあんなものを見たことはない!それは私が演劇経験が少ないからかもしれないですけど。
島:いや、ない。
金子:あんなお芝居を見たことはない。そんなものをつくれたことも幸せだなって思いますね。
島:うん。俺個人でいうと反省すべき点はいっぱいあるんだけれど、あの舞台で挑戦したものは大きくて、最終的に出来たものもかなり力強いものだったと思っている。
金子:あの作品を書こうと思ったきっかけはいくつかあって、ずっと十代の頃も二十代前半の頃も、なんか自分が言いたい事があって、伝えたい事があって、一生懸命話すんだけど、話した瞬間に何かが流れていってしまう感じがして、話したいこと・・・その真意みたいなものがどうしても届かない。で、届かないなって思って、最初はそれでも伝えようとしていたんだと思うんだけど、だんだんもう真意は伝わらないものなんだって諦めるようになってきたんです。二十代前半の頃に。その頃に島さんと会ったんですよね。それまでそういうことを人に話したことがなかったんです。そういうこと話すと人は私がネガティブだからとか、悲観的だからとか、否定的だから、重い、面倒くさいっていう見方をして終わるってことを私は知っていたので、その場凌ぎでもいいから楽しい話をしようとしてたんですけど、島さんに会って初めて、人に話しても真意が伝わらないってことを話したんです。
島:うん、覚えてないや。
金子:私は覚えてます。どういう経緯だったかとかは覚えてないですけどね。あはは。初めてこの人に話してみようって気がしたんです。で、「何か伝えたくて話してるのに、どうしても真意が伝わらないから諦めながら話してるんですよ。」って言ったら、島さんが「会話に頼らない関係もあるよ。」って言ってくれたんです。その時に、あぁ!そうか!ってすごい思ったんです。
島:言葉以外でもコミュニケーションは成立するってことだね。
金子:私はどうしても人と人とがコミュニケーションをとるのは、言葉があって出来ることだって思い込んでた節があって、だから伝わらない伝わらないって思ってたんです。でもそう言ってもらえて、「あぁ!確かにそういうものはあるよな!」って思ったんです。それを教えてもらって、それを発見できたこと、わかったことが私にはすごい喜びだったんです。すごく嬉しかった。それが根幹にあったんですよね。で、『光の子』でそういうことを描こうと思った。言葉じゃないところで通じ合えるんじゃないかって人っていうのは、っていうことをどうしても描きたかったんです。それだけ私はずっと悩んでいたので、同じように悩んでいる人がいたら、その人と繋がれるかもしれないし、それを伝える手段として演劇ってとってもいいんじゃないかって思ったんです。私は何かを書く技術があるわけじゃないし、小さい頃にコンクールに入選したこともないし、いい点を取っていたわけじゃない。でも、書こう!と思った。
島:うん、発見と共有だね。
金子:あの中には3つパターンを出して、私みたいに伝わらない伝わらないって苦しんでる人がいて、そこに向かう青年を描いて、で2つ目は言葉はどうしても伝わってない。だけどそれでも2人の間に生まれるものがあって、繋がり合えるものがあるということを描いて、最後はもう言葉なんて必要ない、全部が本当に繋がり合えてる人たち、お互いに思いやれる人たちを描いた。希望みたいなことを描きたかったんです。伝わらないけど、伝わるものもあるんだよっていうことを描いたんです。それが見ている人に伝わったかはわからないけど。
島:作品において、伝えたいことがあるってことと、それが実際に伝わったかどうかっていうのは別のことだからね。
金子:あれをやって自分は本当によかったなって思います。
島:よかったね。
金子:私は小さい頃から見た目が恐いとかっていうこととか、そういうことだけで判断され続けてきていたし、だからその私が何を言ってももう通じない事の方が多かったんですね。それでもう判断されて決め付けられてるから。そういうことでずっと悩んでたし、どうしたらいいんだろうってなっている時に、島さんに希望を教えてもらえたんですよね。
島:ある曲を聴くとさ、本来はリズムとメロディとハーモニーがあるっていうものだけど。でも、俺の耳に聴こえてくるのは、歌詞でも言葉でもないし、声でもギターの音でもベースラインでもない。誰かが伝えようとする「何か」なんだよね、常に。演劇もそうであると思う。だから俺の作品はちょっと難解だって言われることもあるけど、絶対に伝えようとしているものはあるんだよね。難解だって言われてる部分が難解であるなら、それはそれを伝えようしてないからなんだ。他のことをやろうとしてるんだよ。何かを表すために必要な、時間と情報の量があるというだけで。それはいつも思っている。だから『光の子』って作品を思い出すと、やっぱり最後に三桃さんが全員のことを光の子って歌ってくれたあれに尽きるんだよね。ひとりひとりが光の子なんだ。そういう作品だったと俺は思います。みんながいろいろなものを抱え・・・でもあれに尽きる。
金子:そうですね。あとは、なんか自分が見たいものを純粋に書けた。
島:そうだね。
金子:こういうのが見たい!こういうのが知りたい!
島:こういう言葉が聴きたい。
金子:この瞬間の人の顔が見たい。こういう場面にいたら人はどうなるのかが見たい。そういうことだけを考えて書いたお芝居ですね。だから書いてる時もやってる時も楽しかったですね。
島:俺としてはあの作品で俳優・カトウシンスケに出会えたってことは大きな喜びだったな。
金子:私も喜びだった。書いてる時に、「あぁ!しんくんしかいない!」って思えてよかったし、しんくんという人がいてくれてよかったと思いました。
島:彼はある時ベストになれる男だからね。
金子:ベスト?
島:one and only。これはカトウシンスケだ!ってことになれる男ってこと。
金子:チラシの写真なんて超かっこいいもんね!
島:あれね。あれオモテにしたかったんでしょ?
金子:私はね。それだけ惚れこんでたから。
島:俺はパンがよかった。スマン!あはは。
金子:あはは。でもあのチラシは本当にかっこいい!
島:そうだね。あれはかっこいいね。
金子:かっこいい。
島:だからちょっと生意気だったんだよ、つくろうとしたものが。全体的に。
金子:だって理想だもん。
島:俺の作業で言うと、新人が壮大なテーマを抱えたら、まぁ、ああなってしまうだろうなって感じにはなったけど、演劇をつくっていくプロセスもかなりドラマティックで、今はまだ、相対視するのが難しいんだけど、とにかく稽古から本番までの期間、質量の重い時間を過ごしたなという気がする。で、それこそがやりたかったことだなって今でも胸を張って言えるね。
金子:だからやっぱりあれはajiの第一回目公演としてとても素晴らしい公演だったと思える。
島:うん。
金子:私、自分の生きてきた人生のこと考えると、恥ずかしいことの方が多くて、恥ずかしい!ってなるんだけど、ajiに関してはそういうのはない。全部、これはよかったーって思う。その瞬間は落ち込んでることもあるけど、全部よかった!かっこいい!って気持ちでいられる。誇らしい気持ち。
島:俺の中には過去に作ったものが常にあって、それらと供に生きているんだ。良くも悪くもね。
