金沢ナイトミュージアム2014 http://www.nightkanazawa.com




朗読・パフォーマンス部門のディレクターから招聘されて金沢に行って参りました。
室生犀星の「随筆 女ひと」の中の「詩のあわれ」という章に書かれていた、本居ひさ子さんとのエピソードを中心に読ませていただきました。
どうでもよいことですが、去年末、三重県津市で開催されているM-PAD2013にて読ませていただいた「道なき道」の主人公の天才バイオリニストの少女も寿子(ひさこ)でした。奇妙な偶然でした。

我々の「随筆 女ひと」は、私が最近気にかけていた”日本におけるシングルマザーの貧困率”という今日的な問題について調べることから始めました。厚生労働省の発表にはとても衝撃的な数字が並んでおり、参考文献には「貧困」や「性風俗がセーフティーネットになっている」などという心憂い言葉がありました。この問題に対して調べた情報を、俳優と共有したうえで、全くそれとは別の文章を読んだときに何が起こりうるのか、という実験が今回の作品でした。
そもそも声に出して読むことを想定して書かれていないテキストを私達が勝手に読んでいるのですから、こういった試みがあってもよいと思っていますし、私にとってはその考え方もまた作品の一つなのです。
良い上演が出来たと思っています。
 









いくつかのこと(歴史ある建物の中に配置したときに耐えうる衣裳、脆く破れる、男性によって紙に書かれた”おんな”のなかにリアルな肉体がある、一回性のパフォーマンスである)ということを踏まえ紙で衣裳を作りました。
これもなかなか興味深い体験でした。

 
 


僕は花弁が全部抜け落ちた、グロテスクな花を思い浮かべる。
あらゆる希望やあらゆる可能性という名の花びらが、ひとつ、またひとつ潰され、結局なにも残っていない丸裸の花だ。
確信した。これほどまでになにも持たざる者が、現代日本に存在するということを知る。それがすなわち、自己責任論の払拭への第一歩だ。たとえばそれが、知れば知るほど無力感ばかりがつのるエピソードだったとしても。
「出会い系のシングルマザーたち 鈴木大介」より
 


けふはえびのように悲しい
角やらひげやら
とげやらいっぱい生やしてゐるが
どれが悲しがつてゐるのか判らない。

ひげにたづねて見れば
おれではないといふ。
尖つたとげに聞いてみたら
わしでもないといふ。
それでは一体誰が悲しがつてゐるのか
誰に聞いてみても
さっぱり判らない。

生きてたたみを這うてゐるえせえび一疋
からだじうが悲しいのだ。
「〈遺作〉老いたるえびのうた 室生犀星」
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