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6月
 6月は僕が生まれた月です。6日に生まれました。場所はシアトルです。
僕は子供の頃からこの月が好きでした。
幼稚園の壁には、アジサイとカタツムリが貼られていて、なんとなく他の月より「綺麗だ」と思っていました。
今年の6月はなんとなくの喜びに満ちています。

ajiというユニットをやって、演劇というものに触れて、僕はどうにか社会との接点を持ちえています。
演劇という物は、全くもってわからないものです。それが何を指すのかすら、見えないときがあります。そもそもそんなものがあるのか?なんて考えたりするんです。
でもそんな疑問すら存在できるのは、演劇という、僕が社会との接点として勝手に掲げたテーマに、なにやらほのかな希望を抱いているからだと思うのです。言い換えれば”他者との関係に”とも言えるのかもしれません。
多分、その上で何かについて限定的な思考をするということなんかに、色々抵抗しているんだと自覚しています。エンターテイメントなのか?芸術か?みたいなことだってajiは悩み続けます。どっちかに決めてしまうのは、結局、楽をすることなのかもしれないと思っています。さっき希望と書いたのだって、依存かもしれないし、突っ込みを入れようと思えばいくらでも可能な論理・思考しかない。ようするに強度がない。モラトリアムだ・・・本当になんとだって言える。
見たいものだけを見、知っていることだけを探すのが我々だとしても、せっかく悩むことが許されているのなら、そうすればいいじゃん♪と適当に思うわけです。公演をやると、色んなものへ自分なりの価値を見出せるんです、しかも簡単に。それはコミニケーションツールだったり、格安の品物だったり、人間関係だったりするんだけど、そういうことは消費社会の中で生きざるをえない僕には、嬉しいことです。

やわらかい地面の上で、僕たちは結構、許されて生きている。そんなことを思って、なんとなくの喜びを感じています。

aji第4回公演「絶海」のセリフより〜


彼女は風を読み耳を澄まし歩き続けた
彼女は孤独だったが同じ風を受けている者の意識を感じた
もう彼女は右手で狩りをし、左手で木の実をとりながら川を飛び越えることだってできた
考え続けることを選択した視線
風がやむことはない

島 貴之