「出口なし」演出ノート

今から10数年前、こんな体験をしました。
当時まだ俳優を志していた私は、三軒茶屋にある劇場のかなりいい席に座ってもうじき来るであろう、あの台詞を待っていました。普段、受付に渡す金額の3倍ほどする座席です。これは母親が、本場イギリスのシェークスピアを誕生日だからという名目で買って送ってくれたものでした。
ハムレットは背の高い黒人が演じていました。食い入るように舞台を見ていた私には拍子抜けするほどの自然な演技が初めから続いています。今でもあの澄んだ空気のことをよく覚えています。さて、「待ってました」のそのシーンが始ります。黒人のハムレットは、ほんの少しだけ俯き、そしてわずかに上げた左手の手首に右手指先を当てました。会場はまた新たに静まり、彼を注視しています。−その時、場違いにもほどがある音が鳴りました。誰かの携帯電話が鳴ったのでした。どのくらいの時間だったのか今はもう覚えていませんが「あぁこれは笑点だなぁ」となぜかぼんやり納得したことは覚えています。
少し俯いていたハムレットは顔をあげ、私を見て、ウインクしました。会場が拍手に包まれました。彼はそれを受けてほんの少しだけ微笑えんで、そしてまた同じ姿勢をとって続けました。
「To be or not to be, that is the question.」
この体験は私の演劇人生の中で最も劇的な瞬間の一つでした。俳優であった頃の私はこの時のことを、ものすごい偶然とだけ捉えていましたが今は違います。あの対応をすることが出来得る状態で俳優を舞台に送り出すこと、それを稽古場で作ること。それも我々演出家の為すべき仕事で、その芝居の話で言えばピーター・ブルックの仕業なのです。
「出口なし」は3人の人間が地獄(正確には地獄にも成りうる部屋)に連れてこられ、すったもんだの挙句ドアが開いても出て行かないというお話です。
元々キリスト教では、神は人を地獄に落とそうとは考えず、人が選択して地獄へ行くのだそうです。私たちの国は今、地獄の道、戦争へ続く道を進んでいる気がしています。それは誰が選んでいるんでしょうか。私たちはとても強い集団圧力の中生きています。これは良くも悪くも私たちの国の特徴で、文化であると言ってもいいくらいです。私は今、あの場違いな携帯電話の音が必要であると考えています。それがもし見当違いな何かであっても空気は動きます。そして出来れば、そのKYな何かが災害などでなく人為的な物であると良いなぁと願い、演劇をしています。

演出 島 貴之


出演
眦腑譽
時田光洋
中藤奨
勝又絢子